Profile

野口勇人

野口基礎医療クリニック
院長

日本大学医学部卒業。研修医時代、心身ともに調子を崩し、20代にして寝たきり状態になるほどの不調を経験。それを乗り越え、海外にある薬物リハビリテーション施設へ留学。そこで「薬は決して人の代わりに問題を解決してはくれない」ことを痛感すると同時に、病の真の原因と免疫、栄養の大切さを学ぶ。
帰国後、根本治療できずに苦しむ人々を目の当たりにし、できる限り薬に頼らない全人的なケアをサポートする総合的な医療および講演活動に従事。
2019年3月に「お話を聴くこと」を最も大切にしている野口基礎医療クリニックを開業し、現在に至る。
著書に『免疫を高める食事』(三和書籍)あり。

現在の仕事についた経緯

私が22歳の時に他界した亡き父親の影響です。
私が5歳の時、耳鼻咽喉科医だった父親が「耳と鼻の健診をしよう」と言ってくれました。それにもかかわらず、耳鼻科の診察台と医者が怖いと思っていた私は、とにかく逃げ回り、結局、彼による健診を受けませんでした。その後すぐに、私は中耳炎と鼻炎に罹り、苦しんでいたところ、父親が「仕方が無いな」と言いながらも、やさしく私のことを診てくれました。そのやり取りがきっかけで、私は「父のような、やさしくて親切なお医者さんになりたい」と思いました。
それと同時に、「この世で一番、医者らしくない医者になる」ことを決意しました。なぜなら、単に医者になっただけでは当時の私のように「医者が怖い」と思っている人たちが医者になった私のことを避けてしまい、私はその人たちを「助けたくても助けられない」のではないかと、5歳児なりに痛感したからです。

仕事へのこだわり

「この世で一番、医者らしくない医者になる」ことを決意し、医者になった私は、新人としてデビューした時から現在に至るまで、貫き通しているスタイルがあります。それは、「自分から挨拶する」ことをモットーに、相手のことを常に尊重し、決して威張ったり、偉そうな態度を取らないということです。
このスタイルは、患者さんに対してだけでなく、共に働く医療従事者に対しても同様に貫き通しています。なぜなら、医者である私こそ世間知らずの無知な存在であり、私が相手に何かを教えるということよりも、相手から私が学びや気付きを得ることのほうが、圧倒的に多いと感じているからです。
そのため、私は「俺がお前のことを診てやってるんだから、俺の言うことを聞け!」と思って診療を行ったことは一度たりともありません。むしろ、私のような無名の医者が「あなたのことを助けさせていただき、ありがとうございます!」という感謝の気持ちでいっぱいの日々です。
それに加え、自分の知識をとにかく相手に押し付けるのではなく、まずは「相手の話に耳を傾ける」ようにするというスタイルも貫き通しています。

そう思えるようになった
きっかけ

実は、高校時代の部活動なんです。私は吹奏楽部に所属していて、学生指揮者を担当していました。当時の部の方針が原則として「学生だけで運営する」だったので、演奏会だけでなく、コンクール(大会)も顧問は指揮を振らずに、先輩や私が指揮をして大会へ出場していました。
学生指揮者を担当したばかりの頃は、「指揮者である俺の言うことを聞け!」的な思考で、とにかく他の部員たちを「自分の思い通りにしよう」とばかり考え、指揮・指導を行ってしまっていました。その結果、自分の思うような演奏になることは決してなく、私が高校1年生の時に出場したコンクールの成績は受賞なしに終わりました。
それから時が経ち、後輩が入部してきて、後輩の中からも学生指揮者が選出されました。演奏会の指揮を後輩と分担して行うという伝統があったのですが、私はそこでも「自分の思い通りにしよう」とばかり考え、後輩が指揮を担当する分の合奏練習時間を極端に減らしてしまいました。そして、私が担当する分の練習時間をたっぷりと確保するようにしたところ、その後輩は泣き出し、他の部員から「あなただけで演奏会ができるだなんて思ってたら、大間違いよ!」という非難を私が受けるという事態にまで発展してしまいました。
そこで私はようやく気付いたのです。部活は私ひとりで成り立っているのではなく、他の部員がいて、部員一人ひとりが「かけがえのない存在」だからこそ、一人だけでは決して奏でることができない絶妙なハーモニーを奏でることができるのだ、ということを。
そのことに気付いてから、私の思考はガラッと変わり、部員一人ひとりを尊重するスタイルに変わりました。つまり、私は私の知識や思考を他の部員たちにひたすら押し付けるのを止め、部員一人ひとりの考えに「耳を傾ける」ようになったのです。そのような変貌を遂げた結果、演奏会は大盛況。私が高校3年生の時に出場したコンクールの成績は地区大会を突破し、県大会へ出場することができました。
ちなみに当時、指揮者を担当していた後輩は、看護師になりました。私が卒業した高校は医療系進学校ではなかったので、彼女が看護学校へ進学したと聞いた時、「人生って面白いな」と思いました。

今後の目標

私自身がセルフ・ケアに関する講演活動を行うだけでなく、他の人たちもセルフ・ケアに関する講演活動ができるようになるコースを開講できればと考えています。なぜなら、感染症をはじめとする「病気になる人が一向に減らない」からです。
健康に関する間違った情報が氾濫し、病気になる人が一向に減らない現状を目の当たりにすればするほど、「セルフ・ケアできる人と環境を取り戻す」という私、医師の野口勇人が使命と考えている活動をさらに拡張していく必要があると感じています。
それに加え、音楽活動も展開していきたいと考えています。音楽には老若男女問わず、心身を癒す効果があるということをリアルに経験しているからです。

※ 本サイトに掲載している情報は取材時点のものです。

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